最近 記事書く時間なくて、昨日の個人的な話題を転載しておきます。
自分語りとネットコミュへの帰属意識、回帰願望、的な話。
殆どの人には全く共感できない話かもしれません。
高二病の類とも言えますが、僕は人が帰る場所とか
或いはいつも通り過ぎる場所で待っていたい、という感覚がある。
それはリアルよりどちらかと云えばオンラインゲームや
ネットコミュニティという場所。
ハードがもっと進化すれば、スカイプやボイスチャットどころか
誰もがリアルタイムにテレビ電話的な映像コミュニケーションを
取れる、SF世界的な利便性が実現するかもしれないけど、
僕の感性では今のところ、最も心地良いコミュ度合だと感じるのは
2005年前後?~00年後半ぐらいのオンラインに対応し始めた
家庭用ゲームなどでした。
ボイスチャットでスムーズに雑談とかではなく、
短い定型文や略語挨拶などをやっている時代。
それも、そのゲームシリーズが熟知・効率化される前の、
黎明期~最初の過疎の波が来る頃、とか特に楽しかったように思う。
ただの懐古や美化が混ざってるんでしょうけど、
例えば近年のモンハンはあまり面白くないとかいつも言ってる通りです。
と、まぁ大まかに言いたいのはそういう話題なのですが。
上述のようなネトコミュ・ネトゲに対する回帰幻想を抱くようになったのは、
アニメ『.hack//SIGN』や 自分の数年間の廃ゲーム体験を通して
そういう感情、ネトコミュのやや黎明と言える時期の”どこかの誰か”との
出会いと別れの哀愁体験があったから、だと時々思い出すのです。
「思い出は億千万」とかニコで流行った曲もありますが、あの感じとか。
前にゲームで出会ったあの人は今何やってるのかなとか、
それは僕自身が夢破れた負け組的な大人になったから、
余計に懐古的な心境になるんでしょうけどね。
でもゲームを通した出会いってきっとそうなる。
20才前後でネトゲや対戦ゲームにどっぷり(数年)嵌ってしまうと
一流の大学や企業に行ける気がしないし。
べつにそれが個人の人生体験として悪い選択だとは言えないと思います。
ツイッタでも言ったことがあるけど、何の不満もない金持ちになる人生より、
コンプレックスがあっても負け組でも、思い悩む人生が楽しいかもしれない。
幸福かもしれない。
…とは言っても、僕でもあの選択は失敗かなと思う事はあって^^;
この歳で就活してると、明確にやりたい仕事があったなら
美大より専門学校の方が良かったのではないか、って
今になって少し暗い気持ちになります。
アカデミックな美術・芸術も面白いけど、今の時代どう考えても
生活の足しにはならない。村上隆にはなれないし。
それに本当にコンシューマゲームが好きなら、専門学校の方がまだ
何かのグラフィッカーにはなれていたのではと…
いやー、現実的な話になってくると本当に寒いなこれw
――――――――――――――
もう十分語り直した感じですが、
昨日はIRCで2時間ほど上で書いたような懐古雑談していたのと、
ツイッターでも少し触れた気がするので、そこを転載しておきます。
上の話よりもっとくどい原文を読みたい暇人向け。
●IRCの雑談ログ(相手の名前は伏せ、公開許可を貰ってます。)
●以下はツイッターからの転載。修正は殆ど無し。
IRCの話からホームランドの事を思い出したがまだオンやってる人居るのか。
懐かし過ぎる。知人の名前とか思い出し始めると懐古やばい。
さよなら言えた人、言えなかった人・・
ゲームの繋がりって数年以上続けるのは難しいものね
久々に長話、と言っても2時間ぐらいじゃないか。
ホムランやってた頃毎日何時間も雑談してたのが異常に感じられる・・
若かったからなのか・・
改めて自分のルーツみたいなものを思い出したが、
ゲーム周辺のネトコミュに常駐して 毎日出会う沢山の人と
短いコミュを重ね、ああ自分生きるってこんな事かい?って
物思いにふけるような、ただそれだけの人生、
ネット上の居場所という憧れ、.hack以後からそんな幻想に捉われてる
今でこそ、東方に骨埋めそうな心境が少しあるけど、
それだけが択とは思ってないし、俺が生きてる間に
もっとゲームが進化するだろうし、娯楽作品を通じた
自分の人生の見通しなんてできるわけがないけど、
でも今まで10年ぐらい自分が彷徨ってきたネトコミュの
居場所って自覚的にまで求めるものかしらと。
短いようでとても長かった大学時代とその前後年の
ゲーム周辺ネトコミュ体験は、スキルアップの価値観から言えば
無駄で完全な失敗でしかないが、個人的な価値観・文化的幸福
という視点ではとても意義があった事だとも思える。
僕は僕の人生をまだ肯定的に見ている。
ゲーム、という点では00年後半のオンライン対応するようになった
家庭用ハードが、今ではあり得ないようなネトコミュの面白いバランス
だったと思える。今ほどそういうゲームの形態がこなれていなかった、
スペックなども無かったからこそ。
モンハンでドスの頃が一番良かったとか懐古紛いの話をした事もある。
あの規模の人気、シリーズが流行り始めた時期、ハード性能、
だったからこそのバランスでゲーム・コミュ体験の面白さが成立していた。
これからのモンハンにあれは望めない。
そして07年ニコ動によって最早ゲーム内でコミュしようという考え方
は必要無くなってきた。そこに創作の敷居を解放された東方が根付いた。
この東方の成功は本当に様々な文脈・影響が重なったからこそであろう。
最初は創作の切欠程度だったのが、東方の世界観(或いは作者の価値観
とも言うべきもの)に自分の居場所幻想が結び付いて、
今はある意味での廃人、帰化幻想者?のようになった。
幻想郷の結界は万一入る事が出来ても生きて出られないのかもしれないw
ひぐらしで雛見沢から離れられない雛見沢症候群があったので、
東方から離れられない病名があってもいいかな。
幻想の患者。L5とかに対して、東方でも幻想患者レベルを設定しよう。
4~5は幻想郷に行ったまま帰るつもりがない人か(適当に茶化して終わる)
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